2007.03.23 Friday
ニフティの創業者といえば…? ─ニフティ入会16周年
メールソフトを整理してて、昨年の秋に貰ったこのメールを見つけました。
そうか、ニフティに入会して16年、そして今年が17年目なのか〜と、ちょっと感激しました。
なんでだろうと、ふと考えてみると、久しぶりに思い出しました。16年前、入会してから頻繁にメールをくださった中村明常務取締役(当時)のことをです。
この方は、社長ではありませんが、まるでニフティの創業者のような、伝説の役員でした。入会案内のメールやご挨拶のメール等々、「何かあれば私に告げてくだされば、最善の努力をする」というスタンスのメールをよく送っていただきました。もちろん、同氏名義で送られてくる大半のメールは、自動配信のメールです。
日々、全国の会員にメールを送り続け、慣れない通信初心者に安心感を与えてくれていたことには本当に感謝しています。
中村常務(当時)と初めてお会いしたとき、私はまだ23歳。そんな私にしてみれば、50歳代の常務は雲の上の存在です。なのに、飲み会の席で、気さくにお話ししていただいたことは、まだ鮮明に覚えています。
私が今でもニフティのアドレスを捨てずに持っているのは、この方がいたからかもしれません。
さて、16周年を知らせる上記のメールを読んでも、私は嬉しくもなんともありませんでした。昔は良かった…なんてノスタルジーに浸るつもりは毛頭ありませんが、ワープロ通信・パソコン通信の時代、文字情報だけしかやり取りできないあの時代、中村常務からのメールは嬉しかったんです。
近年になって、パソコンを自由に扱える人はものすごい数で増え続けています。しっかりとした文章を書ける人も多いはずです。ましてや、ニフティのような上場企業であれば、人材も資金も豊富なはずです。
しかし、中村常務のような、まるで老舗ホテルのコンシェルジェのような印象を持つ人は、もういないのです。ニフティには思い入れがあるのに残念です(--;)。
よく考えてみれば、ニフティという会社も、日商岩井と富士通が設立した会社だったし、その後、上場やら買収やら、いろいろあって、経営者も様変わりしてしまっていて、当時のことを知る人なんかいないかもしれません。
経営合理化をはかるあまり、あの中村常務のやっていた日々の努力を忘れてしまったのかもしれませんね。
そうか、ニフティに入会して16年、そして今年が17年目なのか〜と、ちょっと感激しました。
拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。しかし、このメール、何だか心に響きません。
弊社サービスを長年にわたりご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
2006年11月10日は、松本 肇様が@niftyにご入会されてから、ちょうど
16周年となります。
松本 肇様、皆様のご支援をいただき、多くの方にお使いいただけるプロバイダーにまで成長することができました。心よりお礼を申し上げます。
弊社は、今後も皆様にご満足いただけるよう努力してまいります、引き続き
ご支援くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。 敬具
なんでだろうと、ふと考えてみると、久しぶりに思い出しました。16年前、入会してから頻繁にメールをくださった中村明常務取締役(当時)のことをです。
この方は、社長ではありませんが、まるでニフティの創業者のような、伝説の役員でした。入会案内のメールやご挨拶のメール等々、「何かあれば私に告げてくだされば、最善の努力をする」というスタンスのメールをよく送っていただきました。もちろん、同氏名義で送られてくる大半のメールは、自動配信のメールです。
日々、全国の会員にメールを送り続け、慣れない通信初心者に安心感を与えてくれていたことには本当に感謝しています。
中村常務(当時)と初めてお会いしたとき、私はまだ23歳。そんな私にしてみれば、50歳代の常務は雲の上の存在です。なのに、飲み会の席で、気さくにお話ししていただいたことは、まだ鮮明に覚えています。
私が今でもニフティのアドレスを捨てずに持っているのは、この方がいたからかもしれません。
さて、16周年を知らせる上記のメールを読んでも、私は嬉しくもなんともありませんでした。昔は良かった…なんてノスタルジーに浸るつもりは毛頭ありませんが、ワープロ通信・パソコン通信の時代、文字情報だけしかやり取りできないあの時代、中村常務からのメールは嬉しかったんです。
近年になって、パソコンを自由に扱える人はものすごい数で増え続けています。しっかりとした文章を書ける人も多いはずです。ましてや、ニフティのような上場企業であれば、人材も資金も豊富なはずです。
しかし、中村常務のような、まるで老舗ホテルのコンシェルジェのような印象を持つ人は、もういないのです。ニフティには思い入れがあるのに残念です(--;)。
よく考えてみれば、ニフティという会社も、日商岩井と富士通が設立した会社だったし、その後、上場やら買収やら、いろいろあって、経営者も様変わりしてしまっていて、当時のことを知る人なんかいないかもしれません。
経営合理化をはかるあまり、あの中村常務のやっていた日々の努力を忘れてしまったのかもしれませんね。